主  文

 1 被告東京入国管理局主任審査官が平成12年6月30日付けで原告X1、同X2、同X3及び同X4に対してした各退去強制令書発付処分をいずれも取り消す。
 2 原告らの被告法務大臣に対する各訴えをいずれも却下する。
 3 訴訟費用は被告らの負担とする。
 
   事実及び理由

第1 請求
 1 主文第1項同旨
 2 被告法務大臣が平成12年6月30日付けで原告X1、同X2、同X3及び同X4に対してした、出入国管理及び難民認定法49条1項に基づく各原告の異議申し出は理由がない旨の各裁決をいずれも取り消す。
第2 事案の概要
 1 事案の要旨
 本件は、いずれもイラン・イスラム共和国の国籍を有し、在留期間を徒過して本邦における在留を続けることとなった原告X1(以下「原告夫」という。)、その妻である原告X2(以下「原告妻」という)、その子である原告X3(以下「原告長女」という。)及び原告X4(以下「原告次女」という。)が、被告法務大臣が平成12年6月30日に原告らに対してした出入国管理及び難民認定法49条1項に基づく各原告の異議申し出は理由がない旨の各裁決(以下「本件各裁決」という。)及び被告主任審査官が同日に行った各退去強制令書発付処分(以下「本件各退令発付処分」という。)はいずれも違法であるとしてその取消しを求めるものである。
 2 判断の前提となる事実(認定根拠を掲記しない事実は当事者間に争いがない。)
  (1) 当事者
 原告夫は、1963年○月○日生まれのイラン・イスラム共和国(以下、単に「イラン」という。)国籍を有する男性であり、原告妻は、1966年○月○日生まれの同国国籍を有する女性であって、両人は、夫婦である。原告長女(1988年○月○日生まれ)及び原告次女(1996年○月○日生まれ)は、いずれも原告夫と原告妻の間に生まれた女児であり、同国国籍を有する者である。
  (2) 原告らの入国及び在留の経緯
   ア 原告夫は、平成2年5月21日、イランのテヘランからイラン航空機で成田空港に到着し、東京入管成田支局入国審査官に対し、外国人入国記録の渡航目的の欄に「Buisiness」等と、日本滞在予定期間の欄に「9DAYS」と記載して上陸申請を行い、同入国審査官から出入国管理及び難民認定法(平成元年法律第79号による改正前のもの。以下「旧法」という。)4条1項4号に定める在留資格及び在留期間90日の許可を受け、本邦に上陸した。
 原告夫は、在留資格の変更又は在留期間の更新の許可申請を行うことなく、在留期限である平成2年8月19日を超えて本邦に不法残留をするに至った。
   イ 原告妻は、平成3年4月26日、原告長女とともにシンガポールからシンガポール航空機で成田空港に到着し、東京入管成田支局審査官に対し、外国人入国記録の渡航目的の欄に「TOURIST」、日本滞在予定期間の欄に「ONE WEEK」と記載して上陸申請を行い、それぞれ同入国審査官から出入国管理及び難民認定法(以下「法」という。)別表1に規定する在留資格「短期滞在」及び在留期間90日の許可を受け、本邦に上陸した。
 原告妻及び原告長女は、在留資格の変更又は在留期間の更新の許可申請を行うことなく、在留期限である平成3年7月25日を超えて本邦に不法残留するに至った。
   ウ 原告妻及び原告長女は、平成6年1月5日に、埼玉県本庄市長に対し、居住地を埼玉県本庄市〈以下省略〉として、外国人登録法に基づく新規登録申請を行い、同年1月24日、外国人登録証明書の交付を受けた。
 原告夫は、平成7年4月11日に埼玉県本庄市長に対し、居住地を埼玉県本庄市〈以下省略〉として、外国人登録法に基づく新規登録申請を行い、同年5月17日外国人登録証明書の交付を受けた。
   エ 原告次女は、平成8年○月○日、群馬県藤岡市所在の根岸産婦人科小児科医院において、原告夫及び原告妻の間に出生したが、在留資格の取得の申請を行うことなく出生から60日を経過した平成8年○月○日を超えて本邦に在留し、不法残留するに至った。
   オ 原告次女は、平成9年5月22日に群馬県藤岡市長に対し、居住地を群馬県藤岡市〈以下省略〉として、外国人登録法に基づく新規登録申請を行い、同日、外国人登録証明書の交付を受けた。
   カ 原告妻は、平成8年10月31日、群馬県藤岡市長に対し、居住地を藤岡市〈以下省略〉として、外国人登録法に基づく居住地変更登録をした(乙20)。
   キ 原告夫は、平成11年1月13日及び同年11月17日に、埼玉県本庄市長及び群馬県藤岡市長に対し、居住地をそれぞれ埼玉県本庄市〈以下省略〉及び群馬県藤岡市〈以下省略〉として、外国人登録法に基づく居住地変更登録をした。
 原告長女は、平成11年11月25日、群馬県藤岡市長に対し、居住地を藤岡市〈以下省略〉として、外国人登録法に基づく居住地変更登録をした(乙38)。
  (3) 原告らの退去強制手続の経緯
   ア 原告らは、平成11年12月27日、東京入管第2庁舎に出頭し、不法残留事実について申告した。
   イ 東京入管入国警備官は、平成12年1月27日原告夫及び原告妻について、同年2月15日原告妻について違反調査を実施した結果、原告らが法24条4号ロ(不法残留)に該当すると疑うに足りる相当の理由があるとして、同年2月22日、原告らにつき、被告主任審査官から収容令書の発付を受け、同月24日、同令書を執行して、原告らを東京入管収容場に収容し、原告夫及び妻を法24条4号ロ該当容疑者として東京入管入国審査官に引き渡した。被告主任審査官は、同日、原告らに対し、請求に基づき仮放免を許可した。
   ウ 東京入管入国審査官は、平成12年2月24日及び同年3月7日原告夫について違反審査をし、その結果、同年3月7日、原告夫が法24条4号ロに該当する旨の認定をし、原告夫にこれを通知したところ、原告夫は、同日、東京入管特別審理官による口頭審理を請求した。
   エ 東京入管入国審査官は、平成12年2月24日及び同年3月15日、原告妻、原告長女及び原告次女について違反審査をし、その結果、同年3月15日、前記各原告が法24条4号ロに該当する旨の認定をし、前記各原告にこれを通知したところ、前記各原告は同日、東京入管特別審理官による口頭審理を請求した。
   オ 東京入管特別審理官は、平成12年4月24日、原告夫について、口頭審理をし、その結果、同日、入国審査官の前記認定は誤りがない旨判定し、原告夫にこれを通知したところ、原告夫は、同日、被告法務大臣に対し、異議の申出をした。被告法務大臣は、平成12年6月26日、原告夫からの異議の申出については、理由がない旨裁決し、同裁決の通知を受けた被告主任審査官は、同年6月30日、原告夫に同裁決を告知するとともに、退去強制令書を発付した。
   カ 東京入管特別審理官は、平成12年4月26日、原告妻、原告長女及び原告次女について口頭審理をし、その結果、同日、入国審査官の前記認定は誤りがない旨判定し、同原告らにこれを通知したところ、同原告らは、同日、被告法務大臣に対し、異議の申出をした。被告法務大臣は、平成12年6月26日、原告妻、原告長女及び原告次女からの各異議の申出については理由がない旨裁決し、同裁決の通知を受けた被告主任審査官は、同年6月30日、同原告らに同裁決を告知するとともに、それぞれに対し退去強制令書を発付した。
第3 当事者の主張
 1 被告
  (1) 本件各裁決の適法性について
   ア 原告らの退去強制事由
 原告夫、妻及び原告長女が、それぞれの在留期間を超えて不法残留したこと及び原告次女が、本邦で出生したものの、在留資格の取得の申請を行うことなく、出生から60日を経過した日を超えて不法残留していたことは明らかであり、原告らが退去強制事由に該当することを認めた特別審理官の判定に何ら誤りはない。
   イ 在留特別許可に係る法務大臣の判断の適法性
   (ア) 法務大臣の広範な裁量権
 法務大臣は、異議の申出に対する裁決に当たって、異議の申出に理由がないと認める場合でも、特別に在留を許可すべき事情があると認めるときは、その者の在留を特別に許可することができるところ(法50条1項3号)、このような在留特別許可は、退去強制事由に該当することが明らかで、当然に本邦からの退去を強制されるべき者に対し、特別に在留を認める処分であって、その性質は、恩恵的なものであるというべきである。そして、在留特別許可の判断をするに当たっては、当該外国人の個人的事情のみならず、その時々の国内の政治・経済・社会等の諸事情、外交政策、当該外国人の本国との外交関係等の諸般の事情を総合的に考慮すべきものであることから、在留特別許可に係る法務大臣の裁量の範囲は極めて広範なものであって、当該裁量権の行使が違法となるのは、法務大臣がその付与された権限の趣旨に明らかに背いて裁量権を行使したものと認め得るような特別の事情がある場合等、極めて例外的な場合に限られる。
   (イ) 本件各裁決に裁量権の逸脱又は濫用がないこと
 原告夫、原告妻及び原告長女は、イランで出生・生育し、来日するまで我が国とは何らのかかわりのなかったものであったが、渡航目的を偽って本邦に上陸し、原告夫及び原告妻は、その後間もなく不法就労を開始しているところ、不法残留に至った経緯は極めて計画的であって、不法就労を行った期間も長く、出入国管理行政上看過し難いものがある。原告夫及び原告妻の親兄弟は、イラン本国に在住し、本件各裁決当時には、不法就労で得た金銭で本国に自宅まで購入しているのであって、原告らがイランに帰国したとしても本国での生活に支障はないものというほかない。また、原告子らは、未だ可塑性に富む年代にあり、仮に当初は言語や生活習慣の面で多少の困難を感じることがあるとしても(現地での生活を経験することが言語や生活習慣を身につける最善の方法であり、両親との本邦からの退去がやむを得ないものである以上、その年齢にかんがみると、一刻も早い帰国が望まれるというべきである。)、両親とともに帰国するのが子の福祉又は最善の利益に適うところであることは明らかであり、他の親族の在住するイランでの生活に慣れ親しむことは十分に可能であると見込まれるのであって、原告らについて、本邦への在留を認めなければならない特別な事情が存在するとは認められない。
 確かに、原告らは、本邦に不法に残留する間に一定の安定した生活状態を形成したものといえなくもないが、最高裁昭和54年10月23日第3小法廷判決は、約10年前に不法入国した外国人男性、約13年前に不法入国した同国人女性及び本邦において出生した両名間の子ら2名に対し、法務大臣が在留特別許可を与えなかった事案について「本邦に不法入国し、そのまま在留を継続する外国人は、出入国管理令9条3項の規定により決定された在留資格をもって在留するものではないので、その在留の継続は違法状態の継続にほかならず、それが長期間平穏に継続されたからといって直ちに法的保護を受ける筋合いのものではない」と判示しており、これは、本件においても当てはまるものといえる。そもそも不法残留は、処罰の対象となる違法行為であり、原告夫及び原告妻が本邦において長期間不法就労活動を行ったという事実は、違法行為が長期間に及んだことを意味するものであるから、被告法務大臣が原告らの在留特別許可の可否を判断する上で、当該事実を有利な事情と解しなければならない理由はないのであり、むしろ、長期にわたる不法残留事実や不法就労事実等が在留特別許可の判断において消極的要素として評価されるべきものである。
 以上のような諸事情を考慮すれば、法務大臣が本件各裁決に当たって付与された権限の趣旨に明らかに背いて裁量権を行使したものと認め得るような特別の事情が存在するとは認められない。
   (ウ) 原告の主張に対する反論
 a 原告らの出身国であるイランの教育や福祉等に係る状況をみても、児童の生育上特段の問題があると認められず、原告子らを送還することが在留特別許可の権限を法務大臣に認めた趣旨に反する非人道的なものであるといった事情は何ら存しないばかりか、イランに自宅を購入した時期までは、イランに帰国する意思を有していたが、当時小学校2年生であった原告長女が帰国したがらなかったため、そのまま不法残留を継続するに至った旨供述しており、帰国を前提とした生活設計をしていたというべきである。
 b 国際連合は、平成2年12月18日「すべての移住労働者とその家族構成員の権利保護に関する国際条約」を採択し、その30条は、移住労働者の子が公立学校で教育を受ける権利を有することを定め、そのような権利は、移住労働者である両親又はこの滞在が適法でないことを理由に拒否又は制限されない旨の規定をおいているが、同条約については受け入れ国側の懸念が強く、採択から10年以上経過した平成14年末においても、未だ批准国が20カ国に達していないため効力の発生にも至っておらず、しかも、そのような条約でさえ、上記30条のような規定は不法に滞在するこの在留の適法化に関する権利を含むものと解してはならないとしているのであるから(同条約35条)、国際的にも不法就労者の子女が流入先の国において教育を受ける利益を得ているとしても、流入先の国がこれを理由に当該不法就労者及びその子女の在留を適法化すべきであるなどという合意がされている状況が存在しないことは明らかである。
 c イスラム社会においても、男性の場合とは異なり、女性の性器切除(女性割礼)をイスラム教徒の義務とする見解はごく少数であり、女性割礼は北東アフリカ、西アフリカ、アラビア半島やマレーシアの一部などに限定された習慣であるとされ、イランの国内情勢に関する英国移民局の報告書は、「児童の虐待について知られた類型はない」とし、女性割礼について何ら触れていないのであるから、イランにおいて女性割礼が法的又は社会的に義務とされている状況があるとは認め難い。
 d 原告らと同様、出頭申告当時小学生だった子を有する不法残留外国人の家族について在留特別許可がされた例はあるが、他方、原告らとともに、平成11年12月27日に東京入管に出頭申告した不法残留中のイラン人5家族については原告らを含む4家族が在留特別許可を受けることなく退去強制令書発付処分を受けている。
 そもそも、在留特別許可は諸般の事情を総合的に考慮した上で個別的に決定されるべき恩恵的措置であって、その許否を拘束する行政先例ないし一義的、固定的基準なるものは存在しないのであって、本件各裁決が違法になるとはいえない。また、仮に、本件各裁決が実務に反するものであるとしても、前記(ア)の裁量の本質が実務によって変更されるものではなく、原則として当不当の問題が生ずるにすぎない。
 e 不法残留者を中心とする不法就労者が我が国に多数存在するのは事実であるが、それは多数の不法就労者が新たに発生し続けている結果であって、不法就労活動が我が国の社会に容認されているからでもなければ、厳格な取締りが行われていないからでもない。原告らの居住地である群馬県でも不法就労活動が容認されているなどという事実はなく、平成12年の群馬県議会においては「大量の不法滞在者が存在するということは、来日外国人による犯罪の温床となっている。」「入国管理局との合同取締りということに重点を置いて」いるとして、平成11年には41人を平成12年には11月末までに366人を摘発して不法滞在者の定着化の阻止と減少を図っていることが報告されており、平成12年に全国で警察に検挙された法違反者は5862人である。群馬県において法違反者の摘発が積極的に行われていないことはない。また、平成12年に退去強制手続を採った不法就労者4万4190人中、群馬県で稼働していたものは1769人、平成13年に退去強制手続を採った不法就労者3万3508人中、群馬県で稼働していた者は1448人となっており、いずれも全国都道府県中8位となっている。さらに、平成14年11月に全国の地方入国管理官署が行った法違反外国人の一斉摘発において摘発された法違反者855名中、群馬県で摘発された者は58名であり、これは、大阪、東京、埼玉についで全国都道府県中4位という高い順位となっているのであり、中小企業・零細企業を中心に「単純労働者」を望む声が強く、日本政府は厳格な形で外国人労働者による不法就労の取締りを行っていないということはない。
   (エ) 以上のとおり、法務大臣が本件各裁決に当たって付与された権限の趣旨に明らかに背いて裁量権を行使したものと認めうるような特別の事情が存在するとは認められないから、本件各裁決に何らの違法性はない。
  (2) 本件各退令発付処分の適法性について
 退去強制手続において、法務大臣から「異議の申出は理由がない」との裁決をした旨の通知を受けた場合、主任審査官は、退去強制令書を発付するにつき裁量の余地はないから、本件各裁決が違法であるといえない以上、本件各退令発付処分も適法である。
 在留特別許可の判断をするに当たっては、当該外国人の個人的事情のみならず、その時々の国内の政治・経済・社会等の諸事情、外交政策、当該外国人の本国との外交関係等の諸般の事情を総合的に考慮すべきものであることは前記のとおりであるから、法務大臣から「異議の申出は理由がない」との裁決をした旨の通知を受けた主任審査官は、時機を逸することなく、速やかに退去強制令書発付処分をしなければならず、そうであるからこそ、法49条5項も「すみやかに当該容疑者に対し」・・・「退去強制令書を発付しなければならない」とするものであって、退去強制令書の発付時期について主任審査官に裁量権があるとはいえない。
 法は、法務大臣が在留特別許可の権限を行使するか否かの判断を行う過程においてのみ、退去強制事由に該当する外国人の在留を例外的に認める裁量を認めており、異議の申出を受けた法務大臣が、在留特別許可に関する権限を発動せず、異議の申出に理由がないとの裁決を行った場合には、それは我が国が国家として当該外国人を退去強制すべきとする最終的な意思決定をしたことを意味するものであって、上級行政機関である法務大臣の意思決定を同大臣の指揮監督を受ける下級行政機関である主任審査官が、その独自の判断に基づいて覆し、あるいはその適用時期を考慮できるとすることは行政組織法上の観点からして考えられず、法がこのような立法政策を採用しているとは考えられない。また、法は、在留資格のない外国人が本邦に適法に在留することは、明文で定められた例外を除いて予定していないところ、主任審査官が裁量により退去強制令書を発付しない場合に、当該外国人が引き続き本邦に在留するための法的地位を定める手続規定は存在しないのであって、法は、主任審査官の裁量により退去強制令書を発付しないという事態を想定していないというべきである。
 したがって、主任審査官に退去強制令書を発付するか否かに係る裁量権限がある旨の原告らの主張には理由がないというべきである。
 2 原告ら
  (1) 本件各裁決の適法性について(主位的主張)
   ア 裁決書の不作成
 法施行規則43条は、「法第49条第3項に規定する法務大臣の裁決は、別記第61号様式による裁決書によって行うものとする。」と定めている。同条は、単に口頭で行われた裁決の存在を確認・記録することを求めているのではなく、裁決が裁決書という書面によってされなくてはならないこと、つまり、裁決が書面による様式行為であることを定めているのである。
 とすると、裁決書が作成されていない本件各裁決には極めて重大かつ明白な手続上の瑕疵があり、本件各裁決の取消しは免れない。
   イ 本件各裁決の裁量違反
   (ア) 法務大臣の裁量権の範囲について
 日本国憲法は、国会を国権の最高機関と定めていることから、国家の裁量は、第一義的には国会に属するものとして立法裁量に現れることとなる。その立法裁量の結果として、特定の場合には外国人に入国・在留を許可すべく行政庁に義務づけをすることもあり、行政庁に裁量を与えつつ、許可内容に制約を付すこともある。そして、憲法の精神や「法律による行政の原理」からすれば、行政庁に全くの自由裁量が付与されることなどあり得ないのであって、一定の裁量権が与えられたとしても、その根拠となる法律の目的及び趣旨等によって覊束裁量となるのである。この点、法は、「出入国の公平な管理」を目的としており(1条)、「出入国の公平な管理」とは、国内の治安や労働市場の安定など公益並びに国際的な公正性、妥当性の実現及び憲法、条約、国際慣習、条理等により認められる外国人の正当な利益の保護をはかるための管理を意味する。法50条1項の趣旨も、この公益目的と外国人の正当な権利・利益の調整を図ることにあり、法務大臣の裁量権もこの趣旨の範囲内で認められるにすぎない。
 被告の主張は、この点を看過し、国家の裁量権と法務大臣の裁量権とを混同したものといわざるを得ない。
 また、上記のとおり、法の目的及び法50条1項の趣旨に覊束されるものであり、法も平成元年の法改正によって各在留資格に関する審査基準を省令で定めて交付し、行政の裁量の幅を減少させようとしているところであり、在留特別許可の制度に恩恵的な面があるとしても、そこから法務大臣の「極めて広範な裁量権」が導かれるものではない。
   (イ) 本件における裁量違反
 a 原告夫は、イランでの生活を維持するのが困難になり、やむなく来日したものであり、イランはいまだ政情も経済状況も不安定(イラン国内の失業率は25%を超えることが確実であるとされる。)であり、同国を10年以上も離れていた原告夫が同国で新たな職を得るのは極めて困難である。また、女性の社会進出が困難である同国において、原告妻が職を得ることはさらに困難であって、そうすると、原告ら一家は路頭に迷うこととなる。さらに、日本で十数年生活した原告夫婦が、イランに帰った場合にイランの環境に適応できなくなっている可能性もある。
 また、イランは、1979年のイスラム革命以後、イスラム教の聖典であるコーランが最高法規となるなど、イスラム教文化という我が国とはかけ離れた文化をもち、イスラム教国の中でも特に厳格な規律を重んじる国であって、基本的人権の保障においても、強い制約が存在し、特に女性は男性と比較して差別された地位におかれている。一方、原告次女は出生時より、原告長女も物心付かない2才のときから我が国に居住し続け、日本語を使用し、日本の文化になじんだ人格形成を行い、我が国の憲法で保障された男女平等、平和主義、自由主義に基づく教育を受けているところであり、言語、生活習慣、文化等の点で我が国とあまりにもかけ離れたイランでの生活になじむことが非常に困難であることは明白である。原告長女は、日本語を用いた学習により、その教育制度に適応してその中で優秀な成績を上げ、さらには高等教育を受けることを望み、その将来においては通訳等の職業に就くことを思い描いているものであり、原告長女及び次女がイランに帰国した場合、上記のような困難な事態が生ずるために、原告長女が学習を継続することは不可能であり、そのために原告長女は精神的に危機的状態に置かれ、自殺の危険さえ生じかねない。
 b 原告らの居住の自由の侵害
 外国人は、我が国に在留する権利を保障されるものではないが、外国人でも日本国にあってその主権に服しているものに限っては居住・移転の自由が及ぶものとされ(最高裁昭和32年6月19日大法廷判決・刑集11巻6号1663頁)るのであるから、在留資格を有しない者も、退去強制の合理性の判断なしに恣意的に住居の選択を妨害されない権利を憲法上保障されているというべきであるところ、法務大臣による本件各裁決は、原告らが日本に生活の基盤を有している事実を考慮せず、居住の自由を侵害する違法なものであり、この点に裁量権の濫用ないし逸脱がある。
 c 児童の権利に関する条約(以下「子どもの権利条約」という。)違反
 子どもの権利条約3条は、「児童に関するすべての措置を採るに当たっては、公的若しくは私的な社会施設、裁判所、行政当局又は立法機関のいずれによって行われるものであっても、児童の最善の利益が主として考慮されるものとする。」と規定しているところ、前記aの状況にかんがみれば、我が国に在留することが「最善の利益」にかなうものであり、本件各裁決は、子どもの権利条約3条に違反するものとなる。
 d 原告らに在留資格を認めることが何ら国益を損なわないこと
 この点は、後記(2)イ(イ)(b)に記載のとおりである。
 e 公平原則違反
 原告らに先立ち、平成11年9月11日に在留特別許可を求めて集団出頭した外国人家族の中には、原告らと同様、小学6年に在学中の長女と5才の長男を含むイラン人家族が含まれており、この家族には平成12年2月に被告法務大臣より在留特別許可が付与されているところ、家族構成や日本での滞在期間等条件がほぼ同じ家族において異なった判断が下されるのは、公平の原則に反するといわざるを得ない。
  (2) 本件各退令発付処分の適法性について
   ア 本件各裁決の違法を承継することによる違法
 前記のとおり、本件各裁決が違法である以上、これに基づいてされた本件退令発付処分も違法なものということになる。
   イ 本件各退令発付処分独自の違法性(予備的主張)
   (ア) 退去強制令書発付処分が裁量行為であること
 a 法24条の規定
 法24条は「次の各号の1に該当する外国人については、次章に規定する手続により、本邦からの退去を強制することができる。」と規定し、これらは、単に退去強制事由を列挙したにすぎないと解するのは相当でなく、具体的な担当行政庁の権限行使のあり方をも同時に規定しているととらえるべきである。
 そして、同条の文言が、「することができる」と規定されていることによれば、裁量の幅がいかなるものかはともかく、24条各号に該当する外国人について、退去強制手続を開始し最終的に退去強制処分を発付するかについては、立法者が行政庁に対して一定の幅の効果裁量を認めたものというほかない。また、本件各退令発付処分のように侵害的行政行為であって、同処分が第三者に対する関係でも受益的な側面をもたないものについては、裁量の範囲自体は当該行政行為の目的等に従って自ずと定まるにしても、上記の法律の文言を裁量を示すものと解することに何ら支障がない。
 b 行政法の伝統的解釈からの説明
 行政法の解釈においては、伝統的に権力発動要件が充足されている場合行政庁はこれを行使しないことができるとの考え方(行政便宜主義)が一般的であり、特に、外国人の出入国管理を含む警察法の分野においては、一般に行政庁の権限行使の目的は公共の安全と秩序を維持することにあるから、その権限行使はこれを維持するための必要最小限度にとどまるべきであると考えられている(警察比例の原則)ところであり、退去強制令書発付について担当行政庁に裁量が与えられるということは、伝統的な解釈に沿うものである。
 c 退去強制令書発付処分についての裁量の必要性
 実際、退去強制令書の発付に裁量権を認めないと、本国及び市民権のある国に送還することができず、しかも第三国への入国許可を受けていない外国人など退去強制令書を発付しても執行が不能であることが明らかな場合にも、主任審査官は退去強制令書を発付しなければならないという背理を生ずる。
 d 手続の実際
 法第5章の手続規定を見ると、主任審査官の行う退去強制令書の発付が、当該外国人が退去を強制されるべきことを確定する行政処分として規定されており(法47条4項、48条8項、49条5項)、退去強制についての実体規定である法24条の認める裁量は、具体的には、退去強制に関する上記規定を介して主任審査官に与えられているというべきである。
 e 他の機関の裁量との関係
 退去強制の各段階で、統計上「中止処分」や「その他」といった分類がされる事案が存在するとおり、退去強制手続が開始されたからといって、必ずしも退去強制令書発付など法の定める終局処分を行わなくてもよい場合があり、違反調査の段階、違反審査の段階、口頭審理の段階、裁決の段階といった退去強制手続の各段階において、それぞれの担当者が裁量権を有していることは明らかである。そして、退去強制手続においては、退去強制の執行方法や送還先の指定を初めて行い、本邦から退去すべき義務を具体的に確定するものと解される点で、一連の手続において法が各行政庁に対して与えた裁量が集約しているものであるということができる。
 これらの事情によれば、退去強制手続を進行させるかどうかについては、国家の裁量権があり、その各段階においても担当者に裁量権があることから、その最終段階である退去強制令書の発付の段階でも主任審査官に裁量があることは明らかである。主任審査官には、退去強制令書を発付するか否か(効果裁量)、発付するとしてこれをいつ発付するか(時の裁量)につき、裁量が認められており、比例原則に違反してはならないとの規範も与えられているのである。
   (イ) 比例原則違反
 a 比例原則
 比例原則違反は、法治国家原理、基本権の保障等を根拠とする憲法上の法原則であり、過剰な国家的侵害から私人の法益を防御することにあり、我が国でも、その根拠には諸説あるものの、権力行政一般について適用されることについては異論がないとされている。具体的には、適合性の原則(目的を達成するための手段が意図した目的達成の効果を持ちうること)、必要性の原則(目的を達成するための手段が当事者にとって最も負担の少ないものでなければならないこと)、狭義の比例性(手段と目的との均衡が取れていること、要するに、当該手段を用いることによって得られる利益が当該手段によって損なわれる利益を上回っていること)等が内容となる。
 b 本件における比例原則違反
 (a) 本件各退令発付処分により損なわれる利益
 本件各退令発付処分により、前記(1)イ(イ)aのとおり、原告らがイランに帰国し困難な生活を強いられること、原告長女・次女が物心付いてから慣れ親しんだ我が国の文化とはかけ離れたイランでの生活を行うこととなること等、本件各退令発付処分により損なわれる利益は極めて大きいといわざるを得ない。
 (b) 本件各退令発付処分により得られる利益
 原告らは、入国後、本件各退令発付処分の原因となった法違反以外には何ら法を犯すことはなく、善良な市民として地域社会にとけ込んだ生活を送ってきたものであり、原告らの本邦における在留資格を認めることにより、日本の善良な風俗・秩序に好影響を与えることこそあれ、悪影響を及ぼすことは想定し難い。すなわち、原告らは形式的には法違反という違法性を帯びた行為を行ってはいるものの、実質的な法益侵害に及んだ事実はなく、自ら入国管理局に出頭して違反事実を申告したものであり、このような者に在留資格を付与すること自体が直ちに在留し各制度の根幹を揺るがすとは考えられない。また、外国人をいわゆる「単純労働」を行う労働力として受け入れる必要性は高く、アメリカ、フランス、イタリアといった諸外国も非正規滞在者の大規模な正規化を行っているところであり、原告らに在留資格を認めないことによって保護されるべき国の利益は何ら存在しないといえる。
 (c) 小括
 以上によれば、本件各退令発付処分によって損なわれる利益と得られる利益とを比較衡量すると、前者の方がはるかに大きいのは明らかであり、本件各退令発付処分には比例原則違反があるといえる。
第4 争点及びこれに関する裁判所の判断
 本件の争点は、〈1〉法49条1項の異議の申出に対する裁決の処分性及び退去強制令書発付処分における主任審査官の裁量の存否、〈2〉本件各裁決における裁量権行使の濫用・逸脱の存否、〈3〉本件各退令発付処分の違法性の存否である。
 1 争点1(裁決の処分性及び退去強制令書発付処分における主任審査官の裁量の存否)
  (1) 法49条1項の異議の申出に対する裁決の処分性
   ア 法49条1項の異議の申出を受けた法務大臣は、同異議の申出に理由があるかどうかを裁決して、その結果を主任審査官に通知しなければならず(法49条3項)、主任審査官は、法務大臣から異議の申出が理由あるとした旨の通知を受けたときは、直ちに当該容疑者を放免しなければならない一方で(同条4項)、法務大臣から異議の申出が理由がないと裁決した旨の通知を受けたときは、速やかに当該容疑者に対しその旨を知らせるとともに、法51条の規定による退去強制令書を発付しなければならないこととされている(法49条5項)。
 これらの規定によれば、法は、法務大臣による裁決の結果は、異議の申出に理由がある場合及び理由がない場合のいずれにおいても、当該容疑者に対してではなく主任審査官に対して通知することとしている上、法務大臣が異議の申出に理由がないと裁決した場合には、法務大臣から通知を受けた主任審査官が当該容疑者に対してその旨を通知すべきこととなっているが、法務大臣が異議の申出に理由があると裁決した場合には、当該容疑者に対しその旨の通知をすべきことを規定しておらず、単に主任審査官が当該容疑者を放免すべきことを定めるのみであって、いずれの場合も、法務大臣がその名において異議の申出をした当該容疑者に対し直接応答することは予定していない(なお、平成13年法務省令76号による改正後の法施行規則43条2項は、法49条5項に規定する主任審査官による容疑者への通知は、別記61号の2による裁決通知書によって行うものとすると定めているが、この規定はあくまで主任審査官が容疑者に対して通知する方式を定めたものにすぎず、法の定め自体に変更がない以上、この規則改正をもって法務大臣が容疑者に直接応答することとなったとは考えられない。)。こうした法の定め方からすれば、法49条3項の裁決は、その位置づけとしては退去強制手続を担当する行政機関内の内部的決裁行為と解するのが相当であって、行政庁への不服申立てに対する応答行為としての行政事件訴訟法3条3項の「裁決」には当たらないというべきである。
   イ このことは、法の改正の経緯に照らしても明らかである。すなわち、法第5章の定める退去強制の手続は、法の前身である出入国管理令(昭和26年政令319号)の制定の際に、そのさらに前身である不法入国者等退去強制手続令(昭和26年政令第33号)5条ないし19条の規定する手続を受け継いだものと考えられ、同手続令においては、入国審査官が発付した退去強制令書について地方審査会に不服申立てをすることができ(9条)、地方審査会の判定にも不服がある場合には中央審査会に不服の申立てをすることができ(12条)、中央審査会は、不服の申立てに理由があるかどうかを判定して、その結果を出入国管理庁長官(以下「長官」という。)に報告することとされ、報告を受けた長官は、中央審査会の判定を承認するかどうかを速やかに決定し、その結果に基づき、事件の差戻し又は退去強制令書の発付を受けた者の即時放免若しくは退去強制を命じなければならないものとされていた(14条)もので、この長官の承認が、法49条3項の裁決に変わったものと考えられる。そして、長官の承認は、中央審査会の報告を受けて行われるものとされていて、退去強制令書の発付を受けた者が長官に対して不服を申し立てることは何ら予定されておらず、長官の承認・不承認は、退去強制手続を担当する側の内部的決裁行為にほかならない。したがって、同制度を受け継いだものと考えられる法49条3項の裁決についても、退去強制令書の発付を受けた者の異議申出を前提とする点において異なるものの、その者に対する直接の応答行為を予定していない以上、基本的には同様の性格のものと考えるのが自然な解釈ということができる。
   ウ また、上記の解釈は、法49条1項が、行政庁に対する不服申立てについての一般的な法令用語である「異議の申立て」を用いずに、「異議の申出」との用語を用いていることからも裏付けられる。すなわち、昭和37年に訴願法を廃止するとともに行政不服審査法(昭和37年法第160号)が制定されたが、同法は、行政庁に対する不服申立てを「異議申立て」、「審査請求」及び「再審査請求」の3種類(同法3条1項)に統一し、これに伴い、行政不服審査法の施行に伴う関係法律の整理等に関する法律(昭和37年法律第161号)は、それまで各行政法規が定めていた不服申立てのうち、行政不服審査法によることとなった行政処分に対する不服申立ては廃止するとともに、行政処分以外の行政作用に対する不服申立ては上記3種類以外の名称に改め、そうした名称の一つとして「異議の申出」を用いることとされた。
 他方、法の対象とする外国人の出入国についての処分は行政不服審査の対象からは除外されている(同法4条1項10号)とはいえ、上記のとおり行政不服審査法の制定に際して個別に不服申立手続について規定する多数の法令についても不服申立てについての法令用語の統一が図られたのに、法49条1項に関しては、従前どおり「異議の申出」との用語が用いられたまま改正がされず、法についてはその後も数次にわたって改正がされたにもかかわらず、やはり法49条1項の「異議の申出」との用語については改正がされなかった。そして、現在においては、法令用語としての「異議の申出」と「異議の申立て」は通常区別して用いられ、「異議の申出」に対しては応答義務さえないか、又は応答義務があっても申立人に保障されているのは形式的要件の不備を理由として不当に申出を排斥されることなく何らかの実体判断を受けることだけである場合に用いられる用語であるのに対し、「異議の申立て」は、内容的にも適法な応答を受ける地位、すなわち手続上の権利ないし法的地位としての申請権ないし申立権を認める場合に用いられる用語として定着しているということができる。したがって、数次にわたる改正を経てもなお「異議の申出」の用語が用いられている法49条1項の異議の申出は、これにより、法務大臣が退去強制手続に関する監督権を発動することを促す途を拓いているものではあるが、同異議の申出自体に対しては、被告の応答義務がないか、又は、応答義務があっても、形式的要件の不備を理由として不当に申出を排斥されることなく何らかの実体判断を受けることが保障されるだけであり、申出人に手続上の権利ないし法的地位としての申請権ないし申立権が認められているものとは解されない(最高裁第1小法廷判決昭和61年2月13日民集40巻1号1頁は、土地改良法96条の2第5項及び9条1項に規定する異議の申出につき、同旨の判示をしている。)。
 よって、法49条1項の異議の申出に対してされる法49条3項の「裁決」は、不服申立人にそうした手続的権利ないし地位があることを前提とする「審査請求、異議申立てその他の不服申立て」に対する行政庁の裁決、決定その他の行為には該当せず、行政事件訴訟法3条3項の裁決の取消の訴えの対象となるということはできない。
   エ さらに、法49条1項の異議の申出については、上記のとおり、申出人に対して法の規定により手続上の権利ないし法的地位としての申請権ないし申立権が認められているものと解することはできないのであるから、異議の申出に理由がない旨の裁決がこうした手続上の権利ないし法的地位に変動を生じさせるものということはできず、同裁決が行政事件訴訟法3条2項の「処分」に当たるということもできない(前記ウの最1小判参照。)。
   オ 以上によれば、法49条1項の異議の申出に対する法務大臣の裁決は内部的決裁行為というべきものであり、行政事件訴訟法3条1項にいう公権力の行使には該当しないというべきものである。被告は、同裁決について裁決書が作成されていないことを認めているところであり、そのような事務取扱いが前記の規則改正に至るまで長年にわたって継続されていたことは、当裁判所に顕著な事実であるところ、この点も、裁決が内部決裁行為であることを基礎付けるものといえる(むしろ、上記解釈とは逆に裁決を行政事件訴訟法3条1項にいう公権力の行使であると理解した場合、裁決書不作成の点を適法とするのは困難であるといわざるを得ない。)。
  (2) 退去強制令書発付処分における主任審査官の裁量
 法24条は、同条各号の定める退去強制事由に該当する外国人については、法第5章に規定する手続により、「本邦からの退去を強制することができる」と定めている。そして、いかなる場合において行政庁に裁量が認められるかの判断において、法律の規定が重要な判断根拠となることに異論はないというべきであり、法律の文言が行政庁を主体として「・・・することができる」との規定をおいている際には、その裁量の内容はともかく、立法者が行政庁にある幅の効果裁量を認める趣旨であると解すべきものであって、同条が退去強制に関する実体規定として、退去強制事由に該当する外国人に対して退去を強制するか否かについてはこれを担当する行政庁に裁量があることを規定しているのは明らかであり、法第5章の手続規定においては、主任審査官の行う退去強制令書の発付が、当該外国人が退去を強制されるべきことを確定する行政処分として規定されている(法47条4項、48条8項、49条5項)と解されることからすれば、退去強制について実体規定である法24条の認める裁量は、具体的には、退去強制に関する上記手続規定を介して主任審査官に与えられ、その結果、主任審査官には、退去強制令書を発付するか否か(効果裁量)、発付するとしてこれをいつ発付するか(時の裁量)につき、裁量が認められているというべきである。
 このような解釈は、行政法の解釈において伝統的に認められる行政便宜主義、すなわち権力発動要件が充足されている場合にも行政庁はこれを行使しないことができるとの考え方や、警察比例の原則、すなわち、警察法分野においては、一般に行政庁の権限行使の目的は公共の安全と秩序を維持することにあり、その権限行使はそれを維持するため必要最小限なものにとどまるべきであるとの考え方ばかりか、憲法13条の趣旨等に基づき、権力的行政一般に比例原則を認める考え方によっても肯定されるべきものである。
 このように主任審査官に裁量権を認めることに対し、被告は、法47条4項、48条8項及び49条5項が、いずれも「主任審査官は・・・(中略)・・・退去強制令書を発付しなければならない。」と規定していることに反する旨主張する。
 しかし、退去強制手続は、原則として容疑者である外国人の身柄を収容令書により拘束していることを前提としているため、その手続を担当する者が何の考慮もないままに手続を中断し、放置することを許さないように、法47条1項、48条6項及び49条4項において、それぞれ容疑者が退去強制事由に該当しないと認められる場合に「直ちにその者を放免しなければならない」ことを定めるとともに、法47条4項、48条8項及び49条5項においては、退去強制に向けて手続を進める場合においても、「退去強制令書を発付しなければならない」として主任審査官の義務として規定をおいたものと解され、これらの規定と法24条をあわせて解釈すれば、実体規定である法24条において退去強制について前記効果裁量及び時の裁量を認めている以上、主任審査官において、そうした裁量の判断要素について十分考慮してもなお退去強制手続を進めるべきであると判断した場合には、放免又は退去に至らないまま手続を放置せず、法の定める次の手続に進む(退去強制令書を発付する)べきことを定めたものと解すべきであり、このように法の各規定をその位置づけに応じて解釈すれば、主任審査官に退去強制令書発付についての裁量を認めることは、法47条4項、48条8項及び49条5項の各規定と何ら矛盾するものではない。
 また、被告は、上級行政機関である法務大臣の意思決定を同大臣の指揮監督を受ける下級行政機関である主任審査官が、その独自の判断に基づいて覆し、あるいはその適用時期を考慮できるとすることは行政組織法上の観点から考えられない旨の主張をするが、前記のとおり裁決が行政処分ではなく、単なる行政機関内部における決裁手続にすぎないと解すべきであるから、その決裁の趣旨が退去強制令書の発付を命じる趣旨であるとしても、それは組織法上の義務を生じさせるにとどまり、それにより当該発付処分が適法となるのではなく、客観的に裁量違反ないし比例原則違反の事実がある場合には当該処分は違法といわざるを得ない。このことは処分庁が事前に上級行政庁の決裁を受けて行政処分をした場合一般に生じることであり、そのような決裁が行われたとしても、裁量権行使の主体は、あくまでも当該行政処分を行う行政庁であり、上級行政庁となるわけではないのである。
  (3) 以上を前提とすれば、法49条1項の異議の申出に対する裁決につきこの取消しを求める訴訟は、対象の処分性を欠く不適法なものといわざるを得ないこととなり、上記(2)のとおり、退去強制令書発付処分につき効果裁量、時の裁量が認められていることによれば、退去強制令書発付処分の取消等を求める訴訟において、退去強制事由の有無に加え、その裁量の逸脱濫用についても同処分の違法事由として主張し得ることとすべきであると解すべきである。このような解釈によれば、前記判示の解釈により法49条3項の法務大臣の裁決につき独立して適法に取消訴訟を提起することができなくなるが、法49条3項の裁決の取消訴訟で問題とされた法務大臣の裁量権行使の適否は、退去強制令書発付における主任審査官の裁量権行使の適否においてもほぼ同一の内容で審理の対象となるべきものであって、外国人が退去を強制されることを争う機会を狭めるものとはならない。むしろ、在留特別許可をするか否かの判断がたまたま法49条の裁決に当たってされるとの制度が採用されていることのみを捉え、本来全く別個の制度である在留特別許可の判断(法50条3項は、在留特別許可が、専ら退去強制事由に該当するか否かを判断してされる法49条の裁決とは本来的に異なる制度であることから、在留特別許可がされた場合には、あえて、それを法49条4項の適用につき異議の申出に理由がある旨の裁決とみなす旨を定めている。)の当否を法49条3項の裁決の違法事由として主張し得ることを認めるという無理のある解釈を採用する必要がなくなるものである。
  (4) 小括
 以上によれば、本件訴えのうち、原告らが被告法務大臣がした本件各裁決の取消しを求める部分は対象の処分性を欠く不適法なものというべきである。そして、そうである以上、争点2についての判断は不要ということになり、以下、争点3(退去強制令書発付処分の適法性)について判断することとなるが、法は、主任審査官の行うべき具体的な裁量基準を定めていないし、これまでの実務においては被告らが主張するとおり主任審査官には全く裁量の余地がないとの考え方がとられていたのであるから、行政庁内部においても裁量基準等は策定されていない。もっとも、法は、退去強制事由のある者を適法に在留させる唯一の制度として在留特別許可という制度を設けているのであるから、この趣旨からすると、主任審査官は在留特別許可をすべき者について退去強制令書を発付することは許されない反面、退去強制令書を発付しないことが許されるのは在留特別許可をすべき者に限られると解すべきである。そうすると、争点3についての判断内容は、争点2について判断した場合の判断内容と全く一致することとなる。また、被告らは、主任審査官には裁量権がないとの主張をしているため、本件各退令発付処分に当たってどのような裁量判断がされたのかも主張しない。これを形式的に取り扱うと、被告主任審査官は事の当否を具体的に検討しないまま結論のみ認めたものとして、その処分を取り扱わざるを得なくなるが、被告らは、被告法務大臣がした本件各裁決が適法なものであるとして具体的な主張をしているところであり、その主張は、仮に被告主任審査官に裁量権があるとするならば、同様の裁量判断に基づいて本件各処分をしたものであると主張しているものと善解できるから、以下の検討においては、被告主任審査官が被告法務大臣と同様の判断に基づいて本件各退令発付処分をしたものとの前提で行うこととする。
 2 争点3(本件各退令発付処分の適法性)
  (1) 事実関係
 a 来日の経緯
 原告夫は、1963年(昭和38年)○月○日にイランのテヘランで生まれ、1978年(昭和53年)に中学を中退した後、しばらく働いて貯めた金と父からの借金により、洋服の縫製会社を設立し経営を行ったが、イランイラク戦争等により政情・景気が不安定となり、会社を閉鎖せざるを得なくなった。その後、1983年から1985年まで兵役に服しイランイラク戦争に従軍した。そして、1986年には、原告妻と結婚したが、安定した職を得ることが難しく、原告長女も出生したものの、生活が苦しくなったため(この点については、乙第5号証、第13号証中には、やや異なった趣旨にも読める記載があるが、これらの証拠全体の趣旨や後掲各証拠に照らすと、上記認定に反するものではないと認めるのが相当である。)、日本に行きたいと考えるようになり、平成2年5月に来日した。当初は3ヶ月程度の短期間働き帰国するつもりであったが、当初働いたプラスチック会社で給料が約束どおりには支払われなかったことや、日本で職を得て生活が安定するうちに、次第に日本に長くいたいという気持ちが働いたこと、また、イランに戻っても職がないため、帰国する機会を失い、不法残留するに至った。(乙4、11、23、29、原告夫本人)
 b 原告らの生活の状況
 原告夫は、来日当初、群馬県安中市のプラスチック会社に勤務し、その後、別のプラスチック会社やパチンコ製造会社等に勤務したのち、平成5年1月からは内田基興において下水道配管工として稼働していたが、不法就労の発覚を恐れた社長からの勧めに従って、平成11年2月に同社を辞め、鉄骨組立ての請負業を始めるとともに、時には内田基興の下請けもし、本件処分当時には15万円から25万円の月収があった(平成10年において303万0400円の収入を得ている)。原告らは、平成4年3月ころから平成12年4月ころまでの間、群馬県藤岡市〈以下省略〉のアパートに居住していた。(甲3、15、乙4、5、23)
 原告夫は、現在、友人のもとでアルバイトをし、月に17~18万円の収入を得ており、平成12年5月に群馬県多野郡新町〈以下省略〉の木造瓦葺2階建ての住居を賃借し、原告ら4名で生活している。(甲4、原告夫本人)
 原告長女は、平成7年4月、居住地の隣町である群馬県多野郡新町のa小学校に入学し、平成13年4月には、同町立b中学校に入学し、現在中学校3年生に在学している。原告長女は、本件処分当時はもとより、現在も原告夫・妻との会話も日本語で行っており、原告夫や妻が話すペルシャ語を理解することこそできるものの、ペルシャ語を話すこと、書くことはできない。原告長女と次女も日本語で会話をしている。原告長女は、服装もイランでは着用することが考えられない日本の女児が着る服を着用し、食事もカレー、すしなど日本の子供が好む食事を好みイラン料理は好まないし、交友関係や家族との関係もイランの習慣にはなじんでおらず、完全に日本の習慣になじんでおり、引き続き我が国に在留し、勉学を続けることを強く望んでいる。(甲5、21、22、44、乙40、原告夫本人、弁論の全趣旨)
 原告夫及び原告妻は、原告長女・原告次女に対してイスラム教のお祈りのことを教えたり、断食を行ったり、コーランを読み聞かせるといった宗教教育を行ってはいるものの、子供らが実際に宗教教育を行うことはなく、原告らがモスクに行くことなどもない。(原告夫本人)
 原告ら一家は、平成4年から本件処分の直前まで約8年間藤岡市において定住し、その間、本件処分事由以外には法に触れることもなく平穏に生活しており、平成14年2月には、原告夫及び妻が、財団法人日本国際教育協会及び国際交流基金が実施した日本語能力試験3級に合格し、また、原告長女・次女の学校・保育園の行事等には必ず参加するなど、地域にとけ込んだ生活を送っている。(甲17、18、原告夫本人)
 原告ら家族が住む群馬県多野郡新町は、人口が約1万2000人であり、うち外国人は300名程度である。町内にある上武大学経済学部への留学生が多いが、在留特別許可を得たイラン人も生活している。新町国際交流協会が、無料の日本語教室を行うなどしており、町としても外国人労働者やその家族を受け入れることになれており、抵抗が少なく、トラブル等も発生していない。(甲31)
 c イランの状況
 (a) イランにおける原告らの具体的状況
 原告夫の家族は、両親のほかに兄が1人、姉が2人、弟が3人イランで生活している。父は、本件各処分後の平成13年4月半ばに亡くなった。父は、生前、テヘラン市内でスーパーを経営していたが、現在は弟2人が同スーパーを経営している。(乙4、原告夫本人)
 原告夫は、平成8年ころまでに、日本円で合計300万円をイランにいる父に送金し、父を介して、イランの父の家の近くに中古の住居を購入した。しかし、その住居は、原告夫が収容されている間、原告妻らの生活資金が必要となったため、平成12年7月に売却され、現在、原告ら家族は、イラン国内に財産を有していない。(甲17、18、乙4、5、13、原告夫本人)
 (b) イランの一般的状況
 イランにおいては、イスラム教に基づく宗教的な戒律に厳しく規定された文化があり、戒律を子供に教える教本に基づき、幼少のころから戒律を身につけることが当然となっている。具体的には、女性は、ヘジャブ(謙虚な服装規定)が義務付けられ、頭髪を十分に覆い、化粧は禁止され、違反をした場合には罰金、鞭打ち等の刑を科せられ、自由に男性と話すことや自由に外出することはできないほか、家庭及び財産問題について法律上の差別がされている。また、食事等についても豚肉を食べることが禁じられたり、ラマダン(断食)の習慣があるなどの定めもある。(乙89、原告夫本人)
 イランの教育制度は、小学校が5年、中学が3年、高校が4年、大学が2年から4年といった制度となっており、中学校までが義務教育とされている。高校には80~90パーセントの者が入学するが、その際には試験がある。通常の学校においてはペルシャ語ができない者のためのクラスなどは用意されておらず、一般家庭では負担することが困難な金額を支払って特別授業を受けるほかない。(乙89、原告夫本人)
 原告夫は、原告らの知人で原告長女と同年のAが日本からイランに帰国した後、学校で先生の話す言葉がわからず、授業が全然理解できないため、普通の学校には通わなくなったと聞いた。(甲21)
 平成14年1月16日に国際連合経済及び社会会議人権委員会においてされたイランにおける人権状況の報告によれば、イラン政府高官の公式な発表でも平成13年3月から7月にかけて失業率が13.7パーセントとされ、同年6月のある新聞報道によれば季節労働者や登録されていない失業者を含めれば25パーセントを超えていることが確実との報道があり、度重なる給料未払の事案や、大規模な労働者の一斉解雇等の報道もされている。(甲43)
 d 集団出頭の状況
 原告らは、平成11年12月28日に東京入管に出頭し、自己の不法残留事実の申告を行ったものであるが、原告らは在留特別許可を取得すべく、一斉行動として出頭したグループに参加しているものである。同グループは、第1次出頭者として5家族、2単身者の21名が同年9月1日に東京入管に出頭し、第2次出頭者として5家族、17名が平成11年12月28日に出頭した。(甲7、8)
 これらの家族等については、10家族、2単身者のうち、5家族に対して在留特別許可が認められ、「定住」の在留許可を得ている。在留特別許可を受けた家族の構成は、12才(小学校6年生)の女児と5才の長男をもつ夫婦や15才の長男を持つ夫婦等がおり、いずれも10年近く日本において生活しているものであった。(甲7、8)
  (2) 本件における主任審査官の裁量の適否
 a 判断のあり方-特に裁量基準との関係について
 前記1(4)で説示したとおり、主任審査官の裁量の適否は、要するところ、当該外国人が在留特別許可を与えるべき者に該当するか否かについての判断を誤ったと評価し得るか否かにかかるところ、その判断自体にも裁量が認められるべきものであるから、裁判所としては、主任審査官の上記の点についての判断は裁量権の逸脱濫用があったか否か、すなわち、原告らにつき在留特別許可を与えるべき者に該当するか否かの判断に当たり、当然に重視すべき事項を不当に軽視し、又は、本来重視すべきでない事項を不当に重視することにより、その判断が左右されたものと認められるか否かという観点から審査を行い、これが肯定される場合には本件各退令発付処分を取り消すべきものとするのが相当である。
 そして、主任審査官が本件各退令発付処分に当たり、いかなる事項を重視すべきであり、いかなる事項を重視すべきでないかについては、本来法の趣旨に基づいて決すべきものであるが、外国人に有利に考慮すべき事項について、実務上、明示的又は黙示的に基準が設けられ、それに基づく運用がされているときは、平等原則の要請からして、特段の事情がない限り、その基準を無視することは許されないのであり、当該基準において当然考慮すべきものとされている事情を考慮せずにされた処分については、特段の事情がない限り、本来重視すべき事項を不当に軽視したものと評価せざるを得ない。被告らは、この点について、裁量権の本質が実務によって変更されるものではなく、原則として、当不当の問題が生ずるにすぎないと主張し、過去の裁判例にもこれを一般論として説示するものが少なくないが(例えば、最高裁大法廷判決昭和53年10月4日民集32巻7号1231頁)、このような考え方は、行政裁量一般を規制する平等原則を無視するものであって採用できない。
 b 長期間平穏に在留している事実の評価
 (a) 本件の特徴は、前記(1)の事実関係からすると、原告ら一家が10年近くにわたって平穏かつ公然と在留を継続し、既に善良な一市民として生活の基盤を築いていることにある。原告らは、この点を、有利に考慮すべき重要な事実であると指摘するのに対し、被告らは、これは原告らにとって有利な事実ではなく、むしろ、長期間不法在留を継続した点において不利益な事実であると主張する。このことからすると、本件各処分は、上記事実を原告らに不利益な事実と評価してされたものと認めざるを得ない。
 (b) しかし、上記の事実は、在留特別許可を与えるか否かの判断に当たって、容疑者側に有利な事情の第一に上げることが、実務上、少なくとも黙示的な基準として確立しているものと認められる。
 すなわち、このような在留資格を持たないまま長期にわたって在留を継続する者が相当数に上っていることは公知の事実であるが、そのような事態は相当以前から継続しているのであって、昭和56年の本法の題名を含む大改正の際にも、その解決策が国会で議論されたところである。例えば、昭和56年5月15日の衆議院法務委員会において、横山委員がこれらの者のうち一定の条件を満たす者に適法な在留資格を与えるべきではないかとの立場から、「密入国してから十年以上くらい立った者、そしていま大臣のおっしゃるように社会生活も素行も生活水準も安定している者については、自主申告をした場合には検討に値する(在留を認めることを検討するに値するとの趣旨)というふうな水準だといわれておるのですが、いかがですか。」との質問をしたのに対し、当時の法務省入国管理局長は、「個々の事案につきましては、その不法入国者の居住歴、家族状況等、諸般の事情を慎重に検討して、人道的配慮を要する場合には特にその在留を認めているわけでございます。したがいまして、不法入国者が摘発されまして強制退去の手続がとられた後でも、法務大臣の特別在留許可がこういう場合には出るということになります。」とした上、それに続く同委員の質問に答えて、「潜在不法入国者のうちには、子供がいよいよ学齢に達したとか、そういう事情からみずから名のり出て、先生のおっしゃいましたいわゆる自主申告をする人がおります。こういう場合には、私どもといたしましては、当然、情状を考慮するに当たりましてプラスの材料と考えております。」と答弁し、さらに当時の法務大臣は、「特別在留許可あるいは永住許可をもらえるのはどういう人であるかというある程度の基準が明らかになってくることも、私はいまのようなお話を伺っていますと大切なことじゃないかなと思います。これまでやってきたことを振り返ってみて、まとめるのも一つかなと、いまお話を伺いながら考えたわけであります。さらに、個々の事案について処理する場合にも、従来以上に人道的な配慮を加えていくことも一つの転換になるんじゃないかな、こう思うわけでございまして、私としてはできる限り人道的な配慮というものを重く見ていきたいな、こう思っております。」と答弁しているのである(同日付け衆議院法務委員会議録第14号3ないし4頁)。
 また、このときの法改正によって法61条の9及び10が新設され「法務大臣は、出入国の公正な管理を図るため、外国人の入国及び在留の管理に関する施策の基本となるべき計画(出入国管理基本計画)を定めるものとする。」、「法務大臣は、出入国管理基本計画に基づいて、外国人の出入国を公正に管理するよう努めなければならない。」と定められ、これに基づいて本件各処分前の平成12年3月24日に策定された「出入国管理基本計画(第2次)」(法務省告示149号)III2(2)には、「在留特別許可を受けた外国人の多くは、日本人等との密接な身分関係を有し、また実態として、さまざまな面で我が国に将来にわたる生活の基盤を築いているような人である。より具体的な例としては、日本人と婚姻し、その婚姻の実態がある場合で、入管法以外の法令に違反していない外国人が挙げられる。法務大臣は、この在留特別許可の判断に当たっては、個々の事案ごとに在留を希望する理由、その外国人の家族状況、生活状況、素行その他の事情を、その外国人に対する人道的な配慮の必要性と他の不法滞在者に及ぼす影響とを含めて総合的に考慮し、基本的に、その外国人と我が国社会とのつながりが深く、その外国人を退去強制することが、人道的な観点等から問題が大きいと認められる場合に在留を区別に許可している。」と明記している。この趣旨は、我が国において将来にわたる生活の基盤を築き、在留中の素行に問題がなく、その外国人と我が国社会とのつながりが深いことは、在留特別許可を与える方向に考慮すべき事情としているものと認めることができよう。そして、原告らと同日に入管当局に出頭した家族に在留特別許可が与えられていることも、上記事実を有利に考慮した結果であると考えられるところである。
 これらによると、上記のように適法な在留資格を持たない外国人が長期間平穏かつ公然と我が国に在留し、その間に素行に問題なくすでに善良な一市民として生活の基盤を築いていることが、当該外国人に在留特別許可を与える方向に考慮すべき第一の事由であることは、本件処分時までに黙示的にせよ実務上確立した基準であったと認められるのであり、本件処分は、これを無視したばかりか、むしろ逆の結論を導く事由として考慮しているのであって、そのような取扱いを正当化する特段の事情も見当たらず、しかも、それが原告らに最も有利な事由と考えられるのであるから、当然考慮すべき事由を考慮しなかったことにより、その判断が左右されたものと認めざるを得ない(このような場合に、その点を適切に考慮したとしても、他の事情と総合考慮したとすることにより、当該処分が客観的には適法なものと評価し得る場合もあり得るところではあるが、そのような事情は処分の適法性を主張する被告らにおいて、予備的にせよ主張・立証すべきものであって、被告らがそのような主張立証をしない場合には、裁判所としては、自ら積極的にそれらの点を審理判断することはできず、当該処分を取り消して、再度判断させるほかない。)。
 (c) 以上によると、本件各処分は、上記の事項の評価を誤った点のみからしても、裁量権を逸脱又は濫用してされたものとして取り消されるべきものであるが、被告らが本件処分の相当性につき積極的に主張している2つの事由についても、その判断内容に社会通念上著しく不相当な点があり、それらの点は本件各退令発付処分の相当性を基礎付けるものとは考え難いので、念のため、c及びdで説示するとともに、本件各退令発付処分は、比例原則の観点からも是認できないことをeにおいて説示する。
 なお、被告らは、昭和54年の最高裁判決を引用して主張しているが、同判決も上記事項を外国人に有利な事情として考慮することを否定しているものではないと解すべきであるし、仮にそうでないとしても、この判決後に黙示的にせよ裁量基準が確立している以上、この判決は上記の判断に影響を及ぼすものではない。
 そうすると、被告らの上記指摘は、十分な根拠に基づかない独断と評価せざるを得ず、本件処分の相当性を基礎付けるものとは考え難い。
 c 本国に帰国した場合の原告らの生活
 被告らは、原告夫及び原告妻の親兄弟が本国イランに在住していること、及び原告夫名義の自宅を本国において購入していることの2点を根拠として原告らが本国に帰国しても生活に支障はないと主張している。
 しかし、原告夫及び原告妻の親兄弟の職業や収入状況等は明らかでなく、帰国した原告らにどの程度援助をし得るかも明らかではない。また、自宅が存在することから当面居住する場所を確保し得ると被告らは判断したと思われるが、原告らが収入を得る途については何ら考慮が払われておらず、原告らが特段の技能を有するものでもなく、原告夫が本件処分時37才であり、10年近くも本国を離れていたこと、本国においては失業率が高い状態が続いていることからすると、むしろ、原告らが本国に帰国した場合には、その生活には相当な困難が生ずると予測するのが通常人の常識にかなうものと認められる。
 d 帰国による原告長女及び原告次女への影響
 被告らは、原告子らが未だ可塑性に富む年代であることを根拠に両親とともに帰国することがその福祉又は最善の利益に適うと主張する。
 しかし、被告らの上記主張の根拠は極めて抽象的なもので、我が国で幼少から過ごした原告子らが、言語、風俗及び習慣を全く異にするイランに帰国した場合に、どのような影響を受けるかについて具体的かつ真摯に検討したものとは到底うかがわれない。特に、我が国とイランとにおける女性の地位には、前記認定のように著しい差異があり、イランの女性が法律上も事実上も男性よりも劣った地位におかれていることを耐え得るのは、宗教教育等により幼少時からそれをやむを得ないものとして受け入れていることによるところが大きいと考えられるのである。これに対し、原告子ら、特に原告長女は、本件処分当時12才であり、その年齢まで一貫して我が国社会において男子と対等の生活を続けてきたのであるから、本国に帰国した際には、相当な精神的衝撃を受け、場合によっては生涯いやすことの困難な精神的苦痛を受けることもあり得ると考えるのが、通常人の常識に適うものと認められる。
 そうすると、被告らの上記主張も十分な根拠に基づかない独断と評価せざるを得ず、本件処分の相当性を基礎付けるものとは考え難い。
 e 比例原則違反
 法は、本法に入国し、又は本法から出国するすべての人の出入国の公正な管理を図ることを目的としているものであり、退去強制令書が、入国審査官の退去強制事由該当の認定に服した(口頭審理の請求をしない旨記載した文書に署名した)者(47条4項)、口頭審理において入国審査官のした認定に誤りがない旨の特別審理官の判定に服した者(48条8項)、法務大臣により法49条1項の異議の申出に理由がない旨の裁決を受けた者(49条5項)に限って発付され、退去強制事由に該当する者の送還を行うのに不可欠なものであることにかんがみれば、退去強制令書の発付処分は、法が目的とする出入国の公正な管理のために重要な役割を持っているものであると認められ、本件各退去強制令書発付処分を行い、もって出入国管理の適正を図る必要性があるという側面は否定し得ない。
 しかし、原告ら家族は、日本では、在留資格を得られない苦しい状況の中、家族4人での生活の基盤を築いたものであり、その基盤は、在留資格を得られることによりさらに強固になることが予測され、自治体やこれまでの勤務先も、在留資格を得られることを条件に、原告らを受け入れ、正式に支援する体制が築かれている。また、同人らは、法違反以外に何らの犯罪等を行ったことはなく、社会にも積極的にとけ込んでいるといえる。また、原告夫の在留期間は、処分時で約10年、現在で約13年と、本邦に長期在留していると評価しうる期間に達している上、原告ら家族は、子供がいずれも学齢に達し、また、在留資格を有しないことによる不利益も多いことから、悩んだ末、やむにやまれず自ら不法残留事実を自己申告したものであり、前記(2)bによれば、これらの事情は、原告の在留資格付与にとって有利な事情というべきである。
 また、前記認定の事実によれば、原告ら家族は、原告夫が相当期間収容され、その後も本訴が係属中との事情もあるため、現在、原告夫のアルバイトでの十数万円という収入での家族4人の生活を維持せざるを得ない状況にあるため、イランへ送還されると当座の費用をまかなうだけの蓄財もないことは容易に推認できる。また、イランの一般的な経済状況や原告が10年以上イランを離れていたこと等にかんがみれば、原告夫に職が見つかる可能性は低く、原告らは、イラン国内に有していた自宅を原告夫の収容中の生活費に充てるために売却したことから(甲16)、居住用の不動産を所有しておらず、また、原告夫の兄弟による支援の可能性は否定し得ないものの、その生活状況等からみれば多くの支援は期待できないとみるのが自然であり、帰国した際には、直ちに家族4人が路頭に迷う蓋然性があるといえる。
 特に、2歳のときに来日し、10年以上を日本で過ごした原告長女は、上記のとおり、その生活様式や思考過程、趣向等が完全に日本人と同化しているものであり、イランの生活様式等が日本の生活様式等と著しく乖離していることを考慮すれば、それは単に文化の違いに苦しむといった程度のものにとどまらず、原告長女のこれまで築き上げてきた人格や価値観等を根底から覆すものというべきであり、それは、本人の努力や周囲の協力等のみで克服しきれるものではないことが容易に推認される。原告長女は、現在、日本の中学で勉学に励み、日本の生徒と遜色のない成績を修めているが、イランに帰国した場合には、在学を維持することにすら相当な困難が伴い、就職等に際しても、日本で培われた価値観がマイナスに作用することが十分考えられる。原告次女については、原告長女よりは年少であり、相対的には適応の可能性が高いとみることもできるであろうが、それが容易でないことも明らかというべきである。この点において、B証人の日本で生まれたり日本で育ったイスラム教徒の子供が、イスラムに帰るということは死ねと言うに等しいという趣旨の証言は、十分傾聴に値するものというべきである。前記の子どもの権利条約3条の内容にかんがみれば、この点は、退去強制令書の発付に当たり重視されるべき事情であるといえる。
 以上によれば、退去強制令書の発付及びその執行がされた場合には、原告ら家族の生活は大きな変化が生じることが予想され、特に原告長女に生じる負担は想像を絶するものであり、これらの事態は、人道に反するものとの評価をすることも十分可能である。
 そして、前記のような不法在留外国人の取締りの必要性があることは確かではあるが、不法残留以外に何らの犯罪行為等をしていない原告ら家族につき、在留資格を与えたとしても、それにより生じる支障は、同種の事案について在留資格を付与せざるを得なくなること等、出入国管理全体という観点において生じる、いわば抽象的なものに限られ、原告ら家族の在留資格を認めることそのものにより具体的に生じる支障は認められない。仮に、原告らと同様の条件の者に在留特別許可を与えざるを得ない事態が生じたとしても、原告らのように長期にわたって在留資格を有しないまま在留を継続し、かつ、善良な一市民として生活の基盤を築くことは至難の業というべきことであるから、そのような条件を満たす者に在留特別許可を与えることにどれほどの支障が生ずるかには大いに疑問がある。本件においても、原告らの在留資格付与の要否について、在留期間や生活の安定性、自己申告の有無に加え、イランに帰国した場合どのような事態が予測されるか等を考慮した上で検討を行っているものであり、他の者についてもこれと同様慎重な判断を行った場合には、前記のような出入国管理全体という観点からも著しい支障は生じないというべきであろう。このことは、現に、前記判示のとおり、被告法務大臣が、原告と特段の事情の差異が認められない家族について、在留特別許可を行っているところからしても明らかである。
 以上によれば、原告ら家族が受ける著しい不利益との比較衡量において、本件処分により達成される利益は決して大きいものではないというべきであり、本件各退去強制令書発付処分は、比例原則に反した違法なものというべきである。
 このような原告に著しい不利益が生じることが予測される状況の中、原告らにこのような不利益を甘受せよというには、被告が主張するように、不法な在留の継続は違法状態の継続にほかならず、それが長期間平穏に継続されたからといって直ちに法的保護を受ける筋合いのものではないとの考え方に拠るほかないが、このような考え方が援用できないことは前記bに説示したところである。また、在留特別許可の制度は、退去強制事由が存在する外国人に対し、在留資格を付与する制度であり、その退去強制事由から不法残留や不法入国が除外されていることなどはないのであるから、法は、不法入国や不法残留の者であっても、一定の事情がある場合には在留資格を付与することを予定しているものとみることもでき、単純に、不法在留者の本邦での生活が違法状態の継続にすぎないとしてそれを保護されないものとするのはあまりに一面的であり、当該外国人に酷なものであるといわざるを得ない。
 在留資格を有しないことによる多くの不利益の中、自己や家族の生活の維持に努めながら、帰国しなければという思いと本邦での生活に完全にとけ込みながら成長していく子供の成長等の狭間で長期間にわたり自らの状態等に悩みながら生活していた原告夫及び妻の心中は察するにあまりあるものであり、当人らとしても違法状態を認識しながらもいずれの方法も採り得なかったというのが正直なところであると思われる。乙第79号証の1、2、第90号証の1、2、第91号証の1、2によれば、入管当局としても不法滞在外国人の取締り等を可能な限り行っていることは認められるが、本件に限ってみても外国人登録の際や小学校・中学校への入学時など、原告らが公的機関と接触を持っている期間は多数あり、そのような場面での取締りが制度化しておらず、取締りが行われなかったことで長期化した在留について、その非をすべて原告に負わせるというのは無理があると考えられる。
  (3) 小括
 以上によれば、本件各退令発付処分は、前記(2)bのとおり、既に確立した裁量基準において原告らに有利に考慮すべき最重要の事由とされている事項を、原告らに有利に考慮しないばかりか、逆に不利益に考慮して結論を導いている点において、裁量権の逸脱又は濫用するものであるし、前記(2)c及びdとおりその相当性の根拠として積極的に主張された点は、いずれも十分な根拠に基づかない独断といわざるを得ないから、その相当性を基礎付ける事由も認定することができず、しかも、前記(2)eのとおり、比例原則にも反するものであるから、これを取り消すべきものとするほかない。
第5 結論
 以上によれば、原告らの被告法務大臣に対する訴えは不適法であるからこれを却下することとし、原告らの被告主任審査官に対する請求はいずれも理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき、被告法務大臣は本訴において勝訴しているものの、被告主任審査官の本件処分を実質的には事前に決裁しているものとみるべきことを考慮し、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条、62条、64条ただし書、65条を適用し、主文のとおり判決する。
 (裁判長裁判官 藤山雅行 裁判官 廣澤諭 裁判官 菊池章は、転官のため署名することができない。裁判長裁判官 藤山雅行)

 
 

 更正決定
 原告 X1ほか3名
 被告 法務大臣
 被告 東京入国管理局主任審査官
 上記当事者間の当庁平成12年(行ウ)第211号退去強制令書発付処分取消等請求事件につき、平成15年9月19日に当裁判所が言い渡した判決に明白な誤りがあったので、職権により、次のとおり決定する。
 
   主  文
 上記判決書のうち、38頁7行目及び8行目を削除し、同ページc項末尾に、改行の上、「そうすると、被告らの上記指摘は、十分な根拠に基づかない独断と評価せざるを得ず、本件処分の相当性を基礎付けるものとは考え難い。」を挿入する。
 平成15年9月26日
 東京地方裁判所民事第3部
 裁判長裁判官 藤山雅行
 裁判官 廣澤諭
 裁判官 加藤晴子